(セミナーレポート) 第2回アカデミア臨床開発セミナー
「希少疾病治療薬開発の光と影 ~ダーウィンの海を越えて~」

今年度2回目のアカデミア臨床開発セミナーは、6月15日(金)に新潟大学医歯総合病院の中田 光先生をお迎えし、最先端医療イノベーションセンター棟マルチメディアホールで開催されました。レクチャーのタイトルは、「希少疾病治療薬の光と影 ~ダーウィンの海を越えて~」でした。希少疾患であるリンパ脈管筋腫症(LAM)に対するシロリムスという薬剤の開発の苦難に満ちたエピソードをご紹介いただきました。

LAMは、若年女性が罹患し、肺や腎臓でLAM細胞と呼ばれる悪性腫瘍が増殖して、次第に呼吸困難が進行する希少疾病です。2008年の厚生労働省研究班による、我が国の260名の患者の実態調査では、70%が気胸を経験し、30%が在宅酸素療法を受けており、長年の患者団体と医師の働きかけの結果、難病に指定されています。

しかし、その薬剤開発は採算性の問題から大手製薬企業は手掛けることがありませんでした。このような中、中田先生は患者団体と連携してこのダーウィンの海に挑戦し、遂にシロリムスは2014年12月にノーベルファーマ社よりラパリムスRという商品名で発売され、発売後3年間経った今、300名を越えるLAM患者の福音となっています。

中田先生は、ご講演の冒頭で山崎豊子の「大地の子 」を紹介され、留学先から帰国後に戻る場所が無く、ご本人が閑職と紹介されていましたが 何の設備もない菌株保存室からご研究をスタートされたエピソードをお話されました。このような研究環境の中、米国で1995年に設立された患者団体から派生したLAM基金により研究が加速しました。LAM物語の成功は一人の患者さんとその母親から始まり、LAM基金を創設し数年間で米国でも指折りの大患者団体へと成長させ、LAM研究助成を行ったというパワー溢れる母娘の存在のお話も非常に印象に残りました。

2006年、中田先生はシロリムスの国際共同治験への参加を勧められましたが、迷われたようです。なぜなら、厚労省やPMDAをはじめ製薬会社とも協議を重ねましたが、製薬会社は採算性を理由に固辞し、当局も国内で承認取得の受け皿となる企業のない国際共同治験への参加には前向きではなかったためです。しかしながら、中田先生は、近畿中央胸部疾患センターの井上義一先生と連携し、諦めることなく交渉を継続された結果、ノーベルファーマ社が開発に賛同されました。また、厚労省の研究費も確保でき、約2年の準備期間の後にMILES試験(Multicenter International LAM Efficacy of Sirolimus Trial:)に参加することを決定しました。

しかし、これで承認取得への苦難が終わったのではなく、むしろダ―ウインの海はここからでした。シロリムスは別の適応症でワイス社が取り扱っており、薬剤提供などの協力はなんとか得られるようになっていましたが、ファイザー社との合併により、これまでの全ての協力関係が止まってしまいました。当時、中田先生は、病院長から借金をして薬剤を確保されたそうです。

そして2011年に国際共同医師主導臨床試験として注目されたMILES試験が終わりました。しかし、厚労省において、種々の制度を活用して薬事承認が検討されましたが、市販後の安全管理体制などの理由のため、みおくられました。さらに、立ちはだかったのはやはり企業の市場原理でした。患者団体も中田先生もファイザー社に対して何度も開発要請を行い、ようやく日本ではノーベルファーマ社にライセンスアウトされ無償で薬剤も提供されることが決まりました。その後、国内の9施設で承認に向けた医師主導治験が開始され、2014年にようやく承認されました。この11年間、計7億円の公的資金も開発を支えました。患者会の支援の役割も大きくLAM基金も海を越えて継続的に支援しました。

ご講演の最後で中田先生は、40兆円を超える国民の医療費をどう配分するのかという議論と哲学が不足していることや、新薬開発の方向性を単に製薬企業の市場原理主義に委ねてよいものだろうかという疑問に対して、国民の中での議論が高まるのを期待したいと締め括られました。
アカデミアの公的資金で実施する医師主導臨床試験を支える私たちの役割は、製薬企業が市場原理で取り組めるものではなく、希少疾患を代表とした弱者の必要とする医薬品開発ではないかと考えさせられるご講演であったと共に、中田先生の圧倒的な粘り強さや交渉力に敬意を抱くお話でした。

ご講演後も質問が途絶えることなく30分以上の質疑応答がなされ、とても印象的なお話を拝聴出来ました。また、今回の講義の魅力的なタイトルも手伝い、多くの大学院生にも参加いただくことができました。

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